PHS
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PHS (Personal Handyphone System) を18年ほど使ってきた筆者による、筆者自身のための覚え書き。
都市型携帯電話とでも呼べばよかったのに、「簡易型携帯電話」などと呼ぶからおかしな事に…といった感想も含めて。
PHSの特徴
PHSは音質が良い、省電力、低電磁波、小型化しやすい、移動中(ハンドオーバー)に弱い、建物内は(小セルのため)強い場合と(1.9GHzのため)弱い場合がある、などの特徴がよく言われる。
こうした特徴の要因は(携帯電話システムと比較して)主に小セル設計と、それゆえに先駆けて自律分散に対応したことにある。
小セル
PHSの最大の特長は、都市部における強さ。と言っても電波の強さ(出力が大きい・帯域が広いなど)ではなく、様々な条件に順応する柔軟さ。
小セルゆえに端末~基地局間の電波が微弱で済むため、(携帯電話に比べて)人体等への悪影響が指摘される電磁波の発生が低いとともに、端末・基地局ともに小型・省電力を実現しやすい。
基地局数が多い=1局あたりの収容回線数が少ないことから、周波数利用効率が高く、携帯電話に比べて1回線により広帯域を割り当てることができる。そのため「音質が良い」。
音質
PHSの音声符号化(CODEC)には G.726 32kbps (ADPCM) が使われている。
固定回線向けのVoIPサービスでは一般に G.711 (64kbps ADPCM) が使われ、これは人の声だけでなくモデム(FAXなど)にも対応し得る(ただし遅延やパケットロスなどの影響により、VoIPを通す回線が不安定な場合はモデム通信は切れやすい)。
携帯電話では、PHSと同世代にあたる PDC(2G, RCR STD-27) で使われていた VSELP (6.7kbps) は明らかに音質が劣っており、ときに会話が困難なほどになった。W-CDMA(3G) では改良され、AMR (4.75~12.2kbps) はPHSよりは劣るものの、さすがに会話に支障が出るほどではなくなっている。
近年始まりそうな雰囲気のある VoLTE (Voice over LTE) では G.722 (およそ 8~24kbps) が使われる。広帯域化しているなど違いがあるので単純比較はできないことと、商用サービスが始まっていないので推測になるものの、圧縮技術の改良と、混雑状況により切り替わることから、空いているときはPHS並み、混雑すると音質が下がっていくような感じになるのかなと。
省電力
これは端末と基地局との距離が短いことから、端末の出力を小さくできることによる。 ただし、ハンドオーバーを繰り返す場面、例えば電車などで移動中に電源を入れておくと、ハンドオーバーごとに位置登録を繰り返すことになるため、高速移動中や、建物内など圏外にいる時間が長い場合は、消費電力は小さくない。
ハンドオーバー
基地局を切り替え(乗り換え)るときの手続きをいうが、PHSは1点を複数の基地局がカバーする仕組みゆえ、また端末が位置情報を自ら管理せず基地局任せにしている仕様から、基地局の切り替えに時間がかかる仕様になっている。
また、基地局の電波が届く範囲の端の方にいる場合など、頻繁に切り替えが発生する条件ではやはり通信が不安定になる。
昔は切り替えに5秒くらいかかっていたようで、高速移動中は切り替えが間に合わずに切れてしまうことになる。各社ともこの問題に対応すべく、端末(DDIポケットの「H"」以降、および旧NTTパーソナルの「tera」など)や基地局の改良で対応していると聞く。
現在の端末では随分改善されているが、移動中のデータ通信、電波強度の低い所での使用は、やはり不安定になりやすい。
その背景
こうした特徴の背景はあまり語られないが、筆者は誕生経緯によるところが大きいと考えている。今の携帯電話システムは自動車電話の発展形、いわば "Rural phone" であるのに対し、PHSは小電力コードレス電話の発展形、いわば "Urban phone"。いくつかの意味で、この違いは大きい。
後者を開発・発展させることができたのは、近世より世界最大級の高密度都市圏を発展させてきた日本ならではの着想・応用形態とも言える。日本の高密度都市に適した仕組みとも言えるだろう。
「大規模災害に強い」?
2011年の東日本大震災以降は「大規模災害に強い」とも言われるようになった。
これは、基地局数が多く周波数効率が高いゆえに同時に多くの人の利用が集中する事態=輻輳に強い(=花火大会や展示会などの人が集中するイベントにも強い)ことと、1つの点を複数の基地局がカバーする特徴により、(基地局密度の高い都市部では)ある基地局が壊れても他の基地局が使える可能性があることによる。
一方で、PHS基地局は一般に停電に弱く(非常電源の容量が小さな基地局が多い)、また基地局自体の物理的破損やバックボーンの断線などが広範囲に同時発生するような大災害に直面した地域では携帯電話と同様に使えなくなる可能性が高い(どちらが使える/使えないかは偶然の要素になると思う)。
ちなみに、同様に東日本大震災発災後に首都圏などで活躍した WiMAX も、W-CDMA に比べて輻輳に強い特性を持つが、ほとんどの基地局に非常電源を備えておらず、「計画停電」では全く使えなくなってしまった。
PHSの場合は数時間~数日程度の非常電源を備えている基地局が多いようで、数時間程度の「計画停電」であれば対応できる基地局が多かったようだが、旧型・小型の基地局を中心に停電で使えなくなる基地局もあったらしい。携帯電話網でも、最近増加している構内基地局など非常電源を持たない基地局(中継局)はやはり使えなくなる。
「簡易型携帯電話」と呼ばれて
所轄官庁および一部マスメディアが「簡易型携帯電話」などと呼んで誤解を蔓延させたことの影響も大きいだろうが、ここで対比されている Cellular Network System と一見似ているものの、よく見ると設計思想に違いがある。しかしその違いは目に見えず、使う側はその違いを意識しなくていいので、「簡易型携帯電話」、つまりCellularのsubsetだと言われれば信じてしまうかもしれない。
セルの小ささと、当初はローミング(基地局の切り替え)が遅かった特徴から、自動車での移動中に使えない→安かろう悪かろうという風説が流された。しかし日本の都市部では自動車分担率が極めて低く、実際に自動車での移動中に使う人はごく少数なのだから、大多数の利用者の実態に則していない批判だが、これを真に受けてしまうのは自動車至上主義の思考に凝り固まった日本人らしいとも言えようか。
交通分野で見ても日本人は rural transit(つまり低効率な乗用車)が大好きで、政策面でも極めて自動車優遇に偏っている。さらに日本の役所は ITS (Intelligent Transport Systems) を「高度道路交通システム」と誤訳する例もあるが、ここまで来るとあえて不適切な訳を付けているのではとすら思われる。
もっとも、実際にNTTパーソナルなどは運用費用の低さを売りにしていただけに、営業戦略の失敗とも言えるかもしれない。NTTパーソナル後の「ドッチーモ」の売り方もその一例だと思う(または早く出しすぎたのかもしれない)が、携帯電話を本業とするキャリア自身がPHSに「安かろう、悪かろう」の不適切なイメージを植え付けてしまい、暗にPHSから携帯電話への移行を促してしまった面もあろう。
当時はまだ音声中心で、データ需要が逼迫していなかったから大した問題にはならなかったのだろうが、その後スマートフォンの普及に伴いデータ転送量が激増し、携帯電話各社が逼迫対策に追われるようになったり、東日本大震災に見舞われたりしてようやくPHSの良さが見直されたのは皮肉なことと思う。
データ通信
1997年に「32kデータ通信」(実効29200bps)サービス開始。筆者もデータ通信目当てで使い始めた者の一人だが、当時の携帯電話 (PDC, 2G) が最大 28800bps(ただしベストエフォートのパケット通信)で、1時間程度使うと1万円ほどの高価なサービスを提供していたのに対し、PHSはPIAFS'方式により同期32k(実効29200bps)データ通信を比較的低額で提供開始。その後、2回線で64k(実効58400bps)のサービスを開始。しかも小型・低消費電力で価格も安いとあって普及し、データ通信市場を席巻した。
CDMA(3G)による巻き返し
その後、携帯電話各社が巨額の投資を経て cdmaOne(後に CDMA2000), FOMA (W-CDMA, 3G) の名称で、新方式・広帯域・高消費電力により上り64kbps/下り384kbps(ベストエフォート)のデータ通信サービスを開始。 こちらはネットワーク効果で運営費が下がるとともに、重畳化などにより周波数帯域の利用効率を向上させ、また回路の集積化などにより消費電力を低減させ、HSPAが始まる頃にはデータ通信需要の大部分を担うようになる。
2010年以降はやはり巨額の投資をしながら WiMAX、LTE (Long Term Evolution) へと移っている。
PHSが限られた投資で改良を続けてきたのに対し、携帯電話事業者が巨額の投資で新方式の展開・旧方式の停波を派手に繰り返すことができたのは、携帯電話では回線数を拡大させながら高い通信料 (ARPU) を確保し続けることができたことと、W-CDMAは世界中で採用されて端末単価が下がったこと、つまりネットワーク効果による所が大きいと思う。
なお、PHSと同世代である携帯電話のPDCサービスは2012年までに打ち切られている。
高度化PHS
PHSでは、事業会社がWILLCOMのみの実質1グループのみになった2005年以降も既存のPHSを高度化する形で技術改良が進められ、パケット通信(ベストエフェート)による128kbpsデータ通信を開始、さらに重畳化させた W-OAM, W-OAM typeG により最大800kbps (8ch) まで引き上げられるとともに、RTTをWiMAX並みにまで改善している。
しかし端末や利用料が高止まりするなど、利用者の多寡がサービス改善に直結する状況が続き(また、古い技術を使いながら基地局を束ねて半ば強引に広帯域化したデータ通信は、会社にとっても負担になっていたのだろうと思うが)、PHSによるデータ通信利用は下火となってゆく。
基地局から交換機までのバックボーンにも手が加えられた。 従来はNTT地域会社のISDN網とNTTの交換機に依存していたが、NTT地域交換局へのITX設置を進め、ITXから基地局へも光ケーブルを引き込んでIP網で接続し、NTT網・交換機を経由しない形へと切り替えを進めた。これは「光IP化」と呼ばれている。 (つまり現在はPIAFS同期通信やサブアドレス発信などはIP網上でエミュレーションされている、ちなみにFOMAでも網側でサブアドレス発信をエミュレーションしていると聞いたことがある。)
これはNTT加入電話網の「PSTNマイグレーション」(ISDN関係は2020年頃までに順次廃止の計画)にも関係していると思われるが、同社にとって重い負担になったと思われる一方で、「高度化PHS」の足がかりになると同時に、PHS網運営費の低減と回線容量の確保にもつながっている。
一方、WILLCOMが無線部分の抜本的向上を目指して手がけた XGP (eXtended Global Platform)(通称「次世代PHS」、データ通信専用)は、会社の経営破綻に伴いソフトバンクグループに引き継がれ、「AXGP」の名で TD-LTE 互換サービスとして実用化されている。
テレメタリング
最近では「M2M」とも呼ばれるが、遠隔機器管理にもPHSのパケット通信が使われる。自動販売機の売上集計などに使われるが、2013年には省電力を活かしてPHS内蔵ガスメーター(内蔵電池で10年間作動するようにしたもの。計量法による検定有効期間の10年以内に交換するため、10年間動けばいい)も登場した。
一般向けのデータ通信専用端末は2008年発売の AX530S(W-OAM type G、8xパケット通信対応)を最後に登場しておらず(W-SIM用ジャケットを含めると2009年の NS001U まで)終息させられる方向にあるが、M2M用途では2014年にもエイビットがアンテナ型PHSデータ通信端末を発売するなど、引き続き利用されている。
WILLCOM
AIR発番
世代交代の早い携帯電話では W-CDMA (UMTS) に移行した際に UIM (SIM) を採用して現在は一般化しているが、PHS ではUIMを採用しておらず、無線機本体を操作して電話番号を登録(または消去)を行う。
かつては IRM (Initial Registration Machine) という電波暗室を備えた機械の中に端末を入れて書き込んでいたようだが、WILLCOMでは2006年頃からAIR発番に対応する端末が出始め、その後一般化し、従来の方法を踏襲したまま省力化を実現した。 2012年 3月16日からはAIR発番に対応していない端末への新規契約・契約変更が打ち切られているので、現在持込契約(機種変更を含む)する場合はAIR発番への対応が必須となっている。
一方、利用者から見て契約変更せず機種を替えることができる利便性の実現を狙ったものに W-SIM があるが、W-SIM では通話端末から無線機を取り出せるようにしたことで電話機の交換を実現しているので、無線機本体に電話番号を登録しているのは同じ。
2011年頃までは「ウィルコムプラザ」、「ウィルコムカウンター」、その他の販売店の役割が明確に区別されていて、プラザは直営やそれに準じる専門店、カウンターは併売店のうち修理等一部手続きの取次にも対応、それ以外は新規契約のみ対応となっていたが、IRM廃止・AIR発番での機種変更対応が一般化して以降、ウィルコムプラザの直営廃止(代理店化)やそれに伴う窓口の増加などがされている模様。
現在、窓口では書類をセンターに送ってオンライン端末を操作して機種変更を依頼し、センターが受理して番号登録信号が送信される頃合いを見て、端末側にて登録操作を行い、端末に番号が登録(または消去)されたことを確認して手続き完了となる。
AIR発番対応機種は、電源が切れている状態で [*][8][6]を押しながら電源投入すると登録モードで起動する。
なお、電番消去は持込機種変更時に依頼すれば対応してもらえるが、必須ではなく、解約(または機種変更)後電話番号が消去されていない端末(いわゆる灰ROM)を持ち込んでの新規契約や機種変更も可能。 また、電番消去せず解約された端末は、再度電源を入れると一旦は公衆電波を掴むが、それをセンターが検知すると解約済み信号が発出され、それを受信した端末は以降圏外になる(細かい挙動は端末により異なる)。そのためか、特に要望がなければ番号消去までは行っていないようだ。
以前は機種ホームページ等にAIR発番対応機種のアイコン表示があったが、ワイモバイルに変更後は消されてしまった。 機種別メーカー修理受付状況の「持ち込みでの新規契約・機種変更の受付ができない、もしくは受付を終了している機種」に掲載されている機種のうちスマートフォン以外が概ね非対応機種に該当すると思われる。W-SIMではRX410INが非対応(RX420以降は対応)。
MNP
2014年10月より、PHSでも MNP (Mobile number portability) が解禁された。携帯電話(いわゆる3G, 4G)のMNPが2006年10月からなので、遅れること8年。現在は携帯電話→PHS、PHS→携帯電話のどちらにも移行可能になっている。
ただし、従来のPHS端末は 070 から始まる11桁の番号を前提としている端末もあるようで(その前は 050 から始まる10桁だったのだが、その頃の端末は2012年3月実施の制御チャネル移行に伴い使用不可になっている)、持込機種でのMNP新規契約を試みて紆余曲折の後に番号登録不可を体験した猛者もいるようだ。
その報告によると、MNP(他社から転入)した電話番号に対応する機種は現行機種(WX12K, WX11K, WX04S, 301KC、そしておそらくは法人向けに提供されているJRCの現行機種も対応しているのではと思われるが未確認)のみという運用になっているようだ。
運営会社(グループ)の変遷
- NTTパーソナル→NTTドコモ→事業廃止【NTTグループ】(1995~2007年)
- DDIポケット→WILLCOM→(イーアクセスと合併)→ワイモバイル(沖縄県内のみウィルコム沖縄)【DDIグループ→独立→ソフトバンクグループ】(1995年~供用中)
- アステル【電力会社系】→YOZAN(旧アステル東京)および地域系→事業停止(1995~2006年)